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仏教僧でイスラム学者。森本公誠長老が語る東大寺の祈り

いろんな考えの人がいるから世界は楽しく、美しい。これは華厳(けごん)の教えです

仏教僧でイスラム学者。森本公誠長老が語る東大寺の祈り

なぜ東大寺の僧侶が、イスラムを学んだのか

森本長老が京都大学に入学したのは1953年。第二次世界大戦の終戦間もなく世情は不安定で、思想家マルクスが「宗教はアヘン」と語ったように、知識層のあいだでは、宗教に疑問や異論を唱える人が多くいた。ところが世界では、イスラムは民衆に受け入れられ、活力にあふれていた。それはなぜか。「相反する思想を学ぶことで、仏教の現代における意義も見出すことができるのではないか。そのような思いでイスラムの研究を始めたのです」。

その後、イスラム学者として知られるようになり、国内外で講演を重ね、東大寺に海外の要人を案内することも。「ただ型通りに案内しても通じ合えません。相手の立場で考え、相手の世界観を交えて、初めて理解してもらえます。一歩一歩の歩み寄りですね」。政治の世界でも同じではないでしょうか。

一つの政党だけでなく、全く違う考えの政党があっていい。「コピー人間ばかりでは面白くありません。いろんな考えの人がいるからこそ、世界は楽しく、美しくなるのです。」東大寺は仏教の宗派の1つ、華厳(けごん)宗の総本山。「これは華厳の考えです」。

1260年以上続く行事「修二会」は、大仏という「形」の背後にある「祈り」を示す

「修二会」が始まったのは大仏開眼の年、752年。なぜ巨大な大仏を時の最高主権者、聖武天皇は造ったか。その頃、日本では飢饉や地震が続き、伝染病が流行。民は非常に苦しみ、それは既存の法律で救えるものではありませんでした。どうしたら民を救えるか。聖武天皇はそのための思想を仏教から学びました。

仏教には相手に寄り添って考えるという教えがあります。聖武天皇は上からの目線ではなく民を思い、「全ての責任は朕にある」と言いました。そして疲れた民の心を救う象徴として、仏教の開祖である釈迦の像を国ごとに、つまり全国で約60ヶ寺に造り、20人の僧侶を置いてその教えを民に説きました。

「すると全国の国分寺で1,200人以上の僧侶が必要となる。その僧侶たちを教育する場がこの東大寺だったのです。ビルシャナ大仏は生きとし生けるもの繁栄を願う祈りの象徴です。大仏がその祈りを「形」で示したとすれば、「修二会」は僧侶たちによる「法会」で示しています」。人間はえてして過ちを犯しますが、僧侶たちは「修二会」で人々の犯した罪を代わって懺悔し、そのことによって人々の幸せを祈るのです。

写真提供:奈良ビジターズビューロー(修二会 法華懺法)撮影:峯明日香
春を呼ぶとも言われる一大行事。東大寺二月堂の舞台に「お松明」の火の粉が降り注ぐ 写真提供:奈良ビジターズビューロー 撮影:植田 英介 

東大寺の僧侶が果たす役割は、人の苦しみを救うための学問をし、真意を伝えること

「修二会」に参加することも東大寺の僧侶の役割の一つ。そして過去からの伝統を継ぐだけでなく、仏教存立の意義を現代に生かすことも。「東大寺は元は学問寺でした。過去を学ぶだけでなく、現在の学問を生かして人を救うための学問をする。それが我々に与えられた使命の一つです。日本の方にはむろん、外国の方にも仏教はこんな考え方をしていますよと率直に話ができたら良いですね」。

大仏の「形」だけを見るのはでなく、その背景にある真意を分かってもらうこと。たとえば「ミロのヴィーナスは当時のギリシャ人が最も美しいと思う理想を形にした。仏像もお釈迦様が悟りを開かれた瞬間のお顔を偲んで形にしたもの。仏師たちはお釈迦様の思いを究めたうえで姿かたちに造った。東大寺に来られる皆さんも、表面上の形だけでなく、お釈迦様の祈りを感じていただけるといいですね」。

PROFILE

森本 公誠(もりもと こうせい)
森本 公誠(もりもと こうせい)

1934年兵庫県姫路市生まれ。華厳宗の僧侶。イスラム学者、文学博士。15歳で東大寺に入寺。1957年、京都大学卒業。1961年エジプト・カイロ大学留学。2004年から2007年まで第218世東大寺別当・華厳宗管長を務める。現在は東大寺長老。

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